川辺賢一 プロフィール

「未来を創る天下の魁(さきがけ)」——。

これは私、川辺賢一が日々、自分自身の内に求める理想であり、理念です。
ここ常陸の国、水戸を県都とする茨城県は、幕末期、烈公と称される徳川斉昭公のもと、尊王攘夷を掲げながらも、西洋の文物に深く学び、広く世界に人材を求め、まさしく「天下の魁(さきがけ)」となりました。
幕末に限らず、変化を常としてきた世の中です。
他人から「非常識」だと言われることを恐れ、これまでの「常識」を墨守するばかりでは、明治維新も起こらず、この青い地球にポツンと浮かぶ小さな島国・日本は、他国に支配され、隷属への道を歩んでいたでしょう。
時代は今、再び私たちに問いかけています。
「過去に縛られ、滅びゆく民族となるか。それとも変化に応じ、未来を拓く騎手となるか」——。
私、川辺賢一は、「未来を創る天下の魁(さきがけ)」となることを目指し、全ての人に開かれた後援会活動を通じて、時代の変化に対応できる「新しい連帯」、「強い結束」、「相互扶助」を旨とした地域社会を創っていきます。

【名前】 川辺賢一(かわべけんいち)
【生年月日】 1987年5月11日
【血液型】 A型
【干支】 兎年
【現住所】 茨城県水戸市石川
【出身地】 埼玉県深谷市
【学歴】 深谷市立上柴中学校
早稲田大学本庄高等学院
早稲田大学政治経済学部経済学科
【家族】 妻(水戸出身、笠原小中・水戸一高)
【党の役職】 幸福実現党政務調査会・経済部会長
幸福実現党茨城県本部代表
幸福実現党茨城第一選挙区支部長
【その他】 会社役員(教育・人材紹介業)
【好きな食べ物】 たこ焼き、海の幸、蕎麦、日本酒
【趣味】 運動(サッカー、筋トレ)、読書、ドライブ
【尊敬する人物】 徳川斉昭、渋沢栄一、父と母
【座右の銘】 「明日死ぬが如く生きよ。永遠に生きるが如く学べ」
(byマハトマ・ガンジー)

かわべ賢一の歩み

小学時代

サッカー少年団に入団。夢中になってボールを追いかけるうちに、元々、喘息で病弱だった体がみるみる強く。持久走大会では学年で準優勝も。また幼少期より、祖父母の影響で毎朝、神棚の水を取り替え、神仏にご挨拶をし、祝詞や般若心経も暗唱していた。その頃から「どんな時も神様がそばにいる」と素朴に信じている。

中学時代

サッカークラブに所属しながらも、陸上部を兼部。中学時代、人生初めての選挙戦を経験。担任の先生に推され、生徒会長を選ぶ選挙に立候補。人生初めての当選を果たす。全校生徒750人の前で訴えたドキドキ感は今も忘れられず。生徒会長を務めた経験は大きな自信になる一方でリーダーとして自分の不甲斐なさも痛感。この頃、後に幸福実現党を創立される大川隆法総裁の書籍に出会う。

高校時代

読書の面白さに目覚め、司馬遼太郎『竜馬が行く』や塩野七生『ローマ人の物語』等の歴史小説にハマる。歴史の偉人に触れ、何か自分も将来、後世の人のためになる大きなことをやってみたいと強く思うようになる。高3の時には郵政民営化を問う解散選挙があり、この頃から政治にも関心を持つようになる。

大学時代

東京に出て一人暮らしを始め、早稲田の自由を満喫。相変わらず、本の虫をしながら、サークルの立ち上げや旅、バイト、そして飲み会等、遊びも勉強も一生懸命。友人からは「アウトドアなインテリ」「早稲田らしい野生児」と言われて嬉しかった記憶も。本格的に政治の道を志そうと思ったのもこの頃。当時、期待感をもって誕生した保守政権(第一次安倍内閣)が一年で瓦解し、外交上の重要問題(テロ特措法)が政争の具とされていく姿にショックを受ける。保守系代議士の手伝いをしたり、学園祭で講演会を企画したり、政治家との関わりを持つ。大学4年時には幸福実現党が立党し、入党。同時期に幸福の科学・全国学生部長も務める。

HS政経塾生時代

大学卒業後、幸福実現党の政治家養成機関であるHS政経塾の門を叩き、塾生として研修費を頂きながら、政治経済の勉強ができる大変ありがたい環境に身を置かせて頂く。大川隆法総裁の書籍を読み込みつつも、プラトンやアダム・スミスといった政治経済の古典を紐解き、さらに現代の問題についても研究。特に関心分野は統治機構改革、金融政策、産業科学分野。卒論では「円の基軸通貨化」をテーマにした。

ベンチャー企業勤務時代

HS政経塾を卒塾後、宇宙技術を民生転用した技術系ベンチャー企業に勤務。中小ベンチャーの経営の現場、産業創造の現場で、新規技術開発の現場に身を置き、生の経済、経営、生の先端技術を体感し、そしてベンチャー企業ならではのド根性の営業を経験できたことは物凄い宝。今、何をやるにしても「あぁ、この頃の経験がなかったら、こんなことできないし、耐えられないだろうな」と思うことも多々。


そして、現在(2017年以降)・・・。

幸福実現党・政務調査会経済部会長として、党の経済政策の作成に関わりつつ、人生の転機である結婚を機に、活動・生活の拠点が茨城に。幸福実現党茨城県本部代表として、また幸福実現党茨城第一選挙区支部長として、政治の道を真っ直ぐに志し、活動奮闘中。同時に教育・人材派遣企業の役員として会社経営にも参加。

かわべ賢一の3つの信条

か・・・確たる信念のもと
・・・和を以て貴しとなし
・・・ベストを尽くして天命を待つ